介護ロボットの導入と活用

ベッドから車いすへの移乗や、見守りセンサー、コミュニケーションなど、介護の場面でロボットが活躍することが増えてきました。しかし実際介護現場にロボットを導入する際にはどのような準備が必要なのでしょうか。また、ロボットが導入された現場ではどのような効果が生まれているのでしょうか。このページ(もしくは原稿)では、介護現場でのロボット導入の現状や、導入までの準備、実例と効果について紹介します。(内容と肩書きは、平成29年3月当時のものです)

ロボット導入の前にまず「その人にいちばんよい介護」を考える

介護ロボット導入にあたり、「ロボットが入れば介護が楽になる」と考える人は多いのではないでしょうか。しかし、「ただロボットを導入しただけ、介護者が楽になるという視点だけではロボット活用は続かない」と公益社団法人日本介護福祉士会の舟田 伸司氏は話します。

介護ロボット導入事例①:声かけ・見守り

<(公社)日本介護福祉士会
常任理事 舟田伸司氏 >

私が勤務する施設では、アセスメントにICFの概念を取り入れており、ロボット導入の前には必ずICF(国際生活機能分類)についての再学習研修からスタートします。「被介護者が自分らしく生きるにはどうすべきか」といった視点から、被介護者の全体像をとらえ介護計画を立案し、そのサポート、環境因子の一環としてロボットを使用してきました。

 例えば、生きる気力を失って入所してきた女性は、食事も「こんなにいただいて申し訳ない」とほとんど食べようとしませんでした。家族に話を聞いたところ、「もともとは世話好きで働き者の女性だった」という背景がわかり、「介護されることに対して遠慮してしまっているのではないか」という仮説をもとに、人の役にたつためという役割の再獲得をするような介護計画を立てていくことになりました。

 それまでは起床、着替え、車いすへの移乗すべて介助をされながら行っていましたが、起床時を含め活動開始の声掛けにロボットを使用。被介護者自身が自分のペースで行動できるよう、本人の生活パターンを元に、活動開始前の準備時間を配慮し、事前にロボットが声をかけることで、自分で準備ができる余裕ができ、実際に職員が声掛けをするころには自分の力で起き上がっているようになりました。この女性は、人による声掛け時には遠慮して自分のペースで起き上がることができなかったのです。そして、職員がタブレットで動作確認をしながら安全と自立可能性についてのアセスメントをあわせて行えたことも有益でした。起床時にはセンサーが女性の動きを感知し、介護者にアラートで知らせてくれるのでリスクを回避できます。さらに、自分で起き上がれるようになっただけでなく、センサーで感知した映像には、そばに置いてあった上着を羽織る動作も確認されました。そこで着替えも本人のペースに任せることに。すると1か月後には起床、着替え、車いすへの移乗が自分一人でできるようになりました。そして、見守り程度でシルバー車での歩行もするようになり、生活の賦活化が得意だった洗濯物を畳む意欲行動にもつながりました。そのたたみものの動作もスムーズに行えるようになり、結果「人の役に立つ」という役割を再獲得し、生きる気力を取り戻していったといいます。

<声かけ・見守りロボットと上着を羽織る女性>

介護ロボット導入事例②:見守りセンサー

<オリックス・リビング(株)取締役社長 森川悦明氏>

 介護施設を全国で展開するオリックス・リビングでは、入居者の行動をセンサーで感知し、転倒防止などにつなげるシステムを、センサーメーカーとともに共同開発しました。ベッドの位置を登録することで、入居者の動きを感知し、通常と異なる動きや危険な動きがあれば介護者のタブレットやスマートフォン端末にアラートが行くようになっています。介護者はプライバシーに配慮された画像で入居者の行動を見ることができます。
 このシステムの導入によって転倒率を半減させることに成功。しかしオリックス・リビングの森川悦明社長は「導入当初はアラートが一日に何度も鳴ってしまっていた」と話します。ただシステムを導入しただけではなく、どのような計画を持ってどう使うかを見極めていくことが必要と強調します。

<居室の壁に設置された見守りセンサー>

介護ロボットの利点

 前項の事例でも少し触れましたが、介護にロボットを導入する利点を整理します。

データが取得できる

ロボットやセンサーによっては、被介護者のデータが取得できることがあります。何時に起床したか、どのような時にリスクが高かったかなどのデータを分析することで、その人に合った説得力のある介護計画が立てやすくなります。また、複数人で情報を共有することも容易です。

属人的な介護から標準化された介護になる

ロボットを導入すると、属人的な方法だった介護が標準化されることがあります。例えばオリックス・リビングでは全ての施設に移乗リフトを導入しています。この導入にあたり介護者に座学研修を行い、なぜ移乗リフトが必要なのか、どのように使用するのかを伝えました。これにより各施設での移乗が標準化され、介護者の腰痛軽減や他のサービスへの注力ができるようになりました。

<施設に設置された移乗リフト>

被介護者の自立性を促す

被介護者が気をつかわなくてよいこともロボットの利点です。介護者は相手のペースに合わせられず、つい手を出してしまいがち。被介護者も遠慮して全てやってもらうようになってしまうのです。ロボットは被介護者の自立性を促し、「自分でできること」の幅を広げることにもつながります。

在宅介護におけるロボットの可能性

<大阪工業大学教授 本田幸夫氏>

ここまで主に介護施設でのロボット活用について紹介してきましたが、今後は在宅介護向けのロボットも増えてくると思われます。在宅介護でのロボット導入でまず導入しやすいと考えられるのが、「見守りロボット」や「センサー」です。「介護は生活を向上させるためにやること、そのためまず生活を知り情報を得ることは必要」と、オリックス・リビングの森川社長は話します。安否確認や見守りのためのセンサーは多数販売されていますし、安価で手に入るものもあります。

 また、在宅介護では自分で動くことが求められる場面が多いものです。そこで歩行アシストロボットが役立つのでは、というのが大阪工業大学の本田幸夫教授の意見です。「介護ロボット市場はまだ小さいですが、拡大していくには在宅介護の現場でいかに導入されるかが鍵」(本田教授)だといいます。

 舟田氏は排泄分野のセンサーなどは製品も増えてきていると話します。「やはり排泄分野は人に介護してもらいたくない、という被介護者は多いので、普及が進めば」と期待をこめます。

介護現場にロボットがもっと普及するために

介護ロボットは多くの種類が開発されるようになり、実証も進んでいますが、普及までにはまだ道のりがあります。介護ロボットがより普及していくためにはまず、介護現場が変わっていくことが不可欠だといいます。「まだ人が介護するのが一番良いという固定概念があります。介護は極力ない方がよく、被介護者ができることを増やすための介護をするべき」と舟田氏は強調します。また、オリックス・リビングの森川社長も「ロボットだけを導入しても使いこなせない。現場の作業改善、ICT化を進める流れの中でロボットを導入するべきです。介護者ではなく被介護者のためにロボットが必要だという意識を持つことが重要」と話します。
 介護職の方々への教育も重要です。オリックス・リビングでは移乗リフト導入時には座学研修を行い、なぜ必要なのか、どのように使うべきかをしっかり説明しました。その甲斐があり、スムーズに導入が行えたといいます。介護ロボット導入時もしっかりとした教育がスムーズな導入に役立つようです。また本田教授は、今後介護ロボットに関する資格制度やマイスター制度などが作られれば、より普及が進むのでは、と指摘します。
 さらに、ロボット活用現場からの情報発信も有効です。現在さまざまな実証事例が公開されていますが、それだけでなく、利用者の口コミをまとめたり、SNSなどで交流したりといったコミュニケーションが生まれてくるとロボット導入の大きな流れができてくるのではないでしょうか。また本田教授は、介護と日常の垣根を作らないことも必要だといいます。「介護ロボットを介護のためだけに作らない。生活の中で使われるロボットを介護に使うなど、使うシーンや人口が増えれば市場も広がり、もっとロボットが身近になります」(本田教授)。

介護ロボットについて問い合わせたい場合は

現在、介護ロボットについて興味がある、使ってみたいという方は、ロボットを使用している施設や、開発・販売しているメーカーに問い合わせるという方法があります。また、各自治体でも介護ロボット導入に関する情報を提供している場合があります。